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生誕200年記念1 「3分で分かるショパン」

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2010年3月16日

ポーランドに生まれた一人の天才ショパン(1810-1849)は、ロマン派の作曲家の中でも特異な存在と言えるでしょう。作曲活動の分野はピアノの、それも小品だけに集中しているのです。同時代の作曲家としての名声が主にオペラにあったことを考えれば、これはかなり珍しいことです。

ショパンは自分の関心と自分の才能の生かし方を知っていました。才能を発揮できないと考えたオペラや交響曲の分野には一切、手をつけなかったのです。ピアノ協奏曲でさえ若い頃に作曲された2曲だけです。異例ずくしの作曲家ショパンですが、名声を得ることができました。というより、活動の分野を限ることで名声が上がったのだと思います。

パリのサロンという活躍の場を得たショパンは際限なく才能を伸ばしていきます。当時の作曲家としての名声は最高のものでした。同時代のライバルであるリストがピアニストとして名声を得たのは違い、あくまで作曲家としての名声を得ていたのです。(ちなみにリストが本格的に作曲家としての名声を得るようになるのはショパンの死後)。

一方で、実はかなりの批判を受けたのも事実です。それはショパンの和声です。ショパンの斬新な和声は現代でも新鮮に響きます。その斬新さは当時としては異例のものでした。ドイツの批評家レルシュタープはショパンの和声を毛嫌いした一人で、「吐き気がする」とまで言った一人です。しかし、後になってショパンの才能を認めています。

ピアニストとしてのショパンももちろん天才的なものでしたが、元来、気が弱く内気なショパンは多くの人の前で演奏することは好きではありませんでした。生涯で開いた演奏会は数えるほどです。しかし、その開いた演奏会はほぼ全て大成功を収めたのでした。

ショパンは色々な人物から影響を受けましたが、特に女流作家ジョルジュ・サンドとの出会いはショパンに大きな影響を与えました。サンドと親しい時代にショパンの傑作が数多く作曲されています(前奏曲集、バラード、ピアノ・ソナタなど多数)

約20年を過ごした故郷を出て以来、ショパンは常に故郷のことを思っていました。ポーランドのリズムであるポロネーズやマズルカの作品の多さがその証拠です。しかし、ついに一度も故郷に帰れることなくパリの息を引き取ります。享年39歳。ショパンの葬儀には多くの人が参列しました。

まとめ


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シロトリュフ @ShiroTruffe | Webコンサルタント・シロトリュフ

神奈川県横浜の生まれ。職業ウェブコンサルタント。好きなものはワイン、シャンパン、美味しい食べ物、クラシック音楽。自己紹介はこちら

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