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ショパンの生涯:ジョルジュ・サンドと決別

ショパンとサンドの最初の衝突は1845年の夏。これ以降サンドとショパンの亀裂は大きくなり1846年には、二人の中はもはや修復不可能なものとなる。しかしそれでもショパンはサンドのことを忘れることはできなかった。

ショパンは死ぬまでサンドの髪の束を自分の日記にはさんでいたという。サンドと別れたショパンは気力、体力共に衰弱し始める。そんな辛い日々の1846年ではあったが、ショパンは幻想ポロネーズ、舟歌という傑作を生み出している。

これらショパンの最後の傑作であり、白鳥の歌である。右の絵はドラクロワの描いたサンド。この絵は元々ショパンとサンドが同時に描かれた一つの作品だったのだが、後に二人の絵は別々に切り分けられた。


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