ショパンの生涯:晩年
1848年2月、ショパンはパリで演奏会を開く。これがパリでの最後の演奏会であった。これ以後ショパンはパリで公の前に姿を表すことはない。
演奏会の後、ショパンはイギリスに旅行に出かけることになる。。ロンドンからエジンバラまで、当時はまだ珍しい列車で移動したりした。しかし、体調の悪いショパンは11月末にはパリに戻ってくる。
ロンドンより戻ってからは、ショパンは何よりも家族や故郷ワルシャワのことを考えていた。しかし、1849年10月になるとショパンの容態はいよいよ悪くなる。
10月17日、ショパンは姉や友人達に看取られつつ、ついに息を引き取った。享年39歳。死の一月前に引越しを行ったという事実から推測できることは、ショパン自身は自分が死ぬなんてまだ先のことだと思っていた可能性がある。
ショパンの葬儀は10月30日にマドレーヌ寺院で行われた。モーツァルトのレクイエム、ショパンの前奏曲作品28の内、ホ短調とロ短調の2曲などが演奏された。ショパンの葬儀にジョルジュ・サンドの姿は無かった。
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