パリでの生活
ショパンの生涯・生い立ち
ショパンの人生で絶頂期であるパリ時代です。若さと野心と実力を備えたショパンの人生が最も輝いた時期だったのです。
華やかなパリでの生活
ショパンのパリでの生活は、初めてパリに到着してから1年ほどで安定する。また初恋のグラドコフスカのこともあまり気にしなくなった。1832年にはショパンは豪華なアパルトマンに引っ越した。
またパリで最高級の仕立て屋で服を買ったり、社交界に絶対欠かせない白手袋や、馬車を持ったりとかなり派手な生活を送っていた。ショパンはかなり金遣いが荒かった。しかし、これは単に浪費家であったわけではなく、社交界に身を投じる以上しかたのないことであった。
またショパンの作品は次々と出版された。ノクターン、マズルカ、ピアノ協奏曲ホ短調などである。ピアノの弟子も多かった。健康状態も良好で、この幸福で平穏な日々は37年頃まで続く。パリでの生活は、ショパンの人生で最良の日々であった。
友人たちと芸術的思想の相違
パリでのデビューに成功したショパンはリスト、メンデルスゾーン、ベルリオーズといった同世代のロマン主義者たちと親しくなった。特に(後年は冷えることとなるが)リストとの友情は、同じピアノの大家として堅い絆が結ばれていた。リストはショパンがパリで有名になる前に、すでにピアニストとして最高の名声を得ていた。ショパンとリストは互いに尊敬し合い、互いの芸術を刺激しった。
ここでショパンとリストの重要な違いを記しておく。ショパンは当時ピアニスト兼作曲家であった。むしろ作曲家としての比重が大きかった。一方リストはあくまでピアニストであった。リストが作曲家として才能を示し始めるのはショパンが死んだ後くらいからである。
またベルリオーズとの友情はそれほど堅いものではなかった。ベルリオーズと言えば「幻想交響曲」が有名であるが、文学的な標題を持ったこの曲は、確かに文句なしの傑作であるが、ショパンは標題を好まない絶対音楽の主義者であったので、ベルリオーズの思想が特別好きだったわけではなかった。
繊細で軽い曲を作るショパン、ピアノをオーケストラのように華麗に響かすリスト、ショパンとは反対の標題音楽を旨とするベルリオーズ。ショパンの大胆な和音を好まないメンデルスゾーン、これら4人はそれぞれ異なる流儀を持っていたが、互いの違いを認め合い当時ロマン主義の最先端に位置していた。
そして250年以上経った今でも、彼らの作品は光を放ち続けている。彼らがどこにいっても注目の的であったのは想像に難くない。
ショパンとパリ
ショパンや多くの芸術家の生きた当時のパリはどんな時代、どんな都市だったのだろう。フランス革命直後の激動の時代に、多くの才能溢れる若者が集ったパリは世界の中心だったのではないだろか。
ベルリオーズ
ベルリオーズの幻想交響曲はショパンとは完全に逆にある音楽。音楽そのものが独立して存在する「絶対音楽」主義のショパンと、音楽と言葉を相互に補いあった「表題音楽」主義のベルリオーズ。
幻想交響曲の初演時には物語を書いたプログラムを聴衆に配ったベルリオーズの独自の世界は、ショパンとは違うロマン派音楽の一つの形。フランス音楽の傑作の一つとして高い評価を受けている交響曲を一度は聴いておくと面白いものです。
幻想交響曲の表題
各楽章には以下のように表題が付けられています。
第1楽章 夢-情熱
第2楽章 舞踏会
第3楽章 野の情景
第4楽章 断頭台への行進
第5楽章 ワルプルギスの夜の夢
第1楽章はベルリオーズ自身が熱烈に愛していたある女性のために書かれた愛の音楽です。
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